(23)死とその先にあるもの

 私たちは誰もが死すべきものであり、死すべきものであることを知っています。

 また、私たちの命に限りがあるように、この地球にも限りがあります。始めのあるものは、すべていずれ終わりを迎えます。私たちが絶滅の危機に瀕した希少動物の保護に努め、歴史的遺跡や自然を世界遺産として残そうとしても、あるいは、家の血統と伝統を絶やすまいと世継ぎを画策しても、いずれそうした努力は無に帰し、すべてが消滅する日は来ます。しかし、それは終わりの日であると同時に、始まりの日です。

 私たちはそれぞれに予め定められた寿命に従って遅かれ早かれ死ぬ日を迎えますが、それはこの世からの卒業にすぎず、私の生は別の次元においてさらに続きます。この世を離れると同時に地球の住民が身を置く時間枠から解放された私は、一瞬とも限りなく長い年月とも言える時を経た後、地上に存在したすべての人間が一斉に甦り、そろってアッラーの前に立つ日を迎えます。そして、アッラーの裁定に従って永遠の楽園、または、火獄を住処とすることになります。天に輝く太陽と月が消滅し、したがって今私たちが数える月日が無意味となった新たな地で、この現世でのたかだか100年の生などまるで一瞬ほどの長さに思えるほど長い長い時間を私たちは喜びの中で、あるいは苦しみの中でずっと生き続けることになるのです。