(3)証言すること

 ムスリムの信仰告白は、「信じます」ではなく、「証言します」というものです。「信仰」はアッラーに向けた心の行為ですが、「証言」は自分以外の者に向けた宣言です。なにかを証言するには、それに先立ってその証言する事柄に立ち会っている必要があります。交通事故の証人になるには、その事故現場に居合わせていなければならないのです。実際、アラビア語の「シャヒダ」には、証言するという意味のほかに、「居合わせる」「立ち会う」という意味があり、動詞の第四形「シャーハダ」には「目撃する」という意味があります。目撃者でなければ、証言者にはなれないのです。

 「アッラーのほかに神はないと私は信じます」と言うなら、それはあなたの個人的な思い入れでしょう、と反論されてもしかたありませんが、「アッラーのほかに神はないと私は証言します」と言うなら、個人的な思い込みではなく、「アッラーのほかに神はない」という事実は私が信じようが信じまいがすでに確定していて、私はその事実を事実として知っている、それが真実だとわが身を持って保証する、つまり自ら責任を取る、と宣言することです。