4月28日

 日本に帰ったら当分はエジプトにも来られないだろうと思い、帰国を1か月後にひかえた今、カイロに旅した。お土産に加え、サウディを引き上げる際の不用品を詰めた大きな袋をいくつも抱えた私たちは、再び「出稼ぎ労働者、国に帰る」のいで立ちだった。

 シャイフ・ハサンの方はいくつか用件をもった旅だったが、私の方は2年前に世話になった人々、親しんだ姉妹たちに再会することだけが目的だったから、のんびりと1週間を過ごすつもりだった。

 タクシーが以前ホームステイした家庭のある地区に近づき、埃っぽい、舗装してないでこぼこ道、オンボロ車の間に交じって野菜を積んで歩くロバ、人込みの喧噪を目にした途端、なつかしい人々の顔を見る前からもう涙ぐんでしまった。見覚えのある家も、再会した姉妹たちも2年前とほとんど変わっていなかったが、子供達がみな1回りずつ大きくなっているのに時の流れを感じた。

 サウディアラビアで読む新聞では毎日のようにエジプトのテロ事件、イスラーム集団関係者の逮捕などが報道され、ずいぶん険悪な状況になっているような印象があったが、カイロに着いてみれば、街には普通の日常があり、外から想像したような緊張感はほとんど感じられなかった。ただ、サウディでは最も一般的の格好、つまり顔を隠した黒衣の女性、髭を生やした白衣の男性は「狂信的信者」、「テロリスト」と見られる傾向がさらに強まっているようだった。折しも「イルハービー(テロリスト)」というタイトルの映画が上映中で、ずいぶん話題を呼んでいたので、さっそく見に行った。

 主人公は観光バスやビデオショップを襲うテロリスト集団に属し、顎髭を生やし白衣を着ていた。グループのリーダーには4人の妻がいたが、ちらっと登場した彼女らはみな黒衣をまとい、顔を隠し、なぜかサウディアラビアの典型料理「カプサ」を食べていた。エジプト原理主義運動とサウディアラビアの繋がりを暗示し、皮肉ったものだろう。

 軍の要人の暗殺を企て、逃走中に車にぶつかり足を骨折した主人公は、車を運転していた若い女性の家に運び込まれ、警察ざたになって娘の名に傷がつくのを恐れた家族の引き留めをいいことに、正体を偽ったまま怪我が治癒するまでの数か月を彼らの大邸宅で過ごすことになる。貧しい村の出身だった主人公はそこで、すっかりアメリカナイズされた生活を送る彼らに様々なカルチャーショックを受ける。タイツをはいてエアロビクス体操をする下の娘や、テレビのサッカー観戦に興じ、エジプトチームの活躍に熱狂する一家に目を丸くしたり、顔をしかめたりするのだが、次第に人のよい家族に情が移り、やがて自分の怪我の原因を作った上の娘との間には恋愛感情も生まれる。怪我が治癒するころには主人公は、自分の属するテロリスト集団のやり方に疑問を持ち始め、アッラーのための闘いの資金とするためにその家から金を持ち出せ、というリーダーの命令にも背く。ひょんなことから正体を知られた主人公は、一旦は行方をくらますものの、恋人にもう一目会いたいばかりに、グループが裏切り者として彼の命を狙っているのを知りながらも家に戻り、かつての仲間の撃つ銃弾を全身に浴び、恋人と家族の腕の中で息絶える、というのが大筋だった。

 主人公を演じるアーデル・イマームはもともと喜劇俳優で、彼の演じる狂信的信者のカリカチュアはなかなか真実味があり、笑いを誘うものがあったが、同時にイスラームを滑稽化しているようで見ていて胸が痛んだ。ディスコパーティーでアルコールすら飲む金持ち一家は、生活は反イスラーム的でも信仰心はなくしておらず、根はまったく善良な人々に描かれており、一方、テロリスト集団のリーダーは冷血で独裁的な悪者に仕立てあげられていたが、全体的には思ったよりはイスラーム集団への反感をあおる映画ではないように思った。テロの是非はともかく、日常的にはどちらがイスラーム的かは一目瞭然だったし、信じがたい貧富の差と、おそらくその原因の不正と不平等が貧しい人々のイスラーム化を進めているのだという現実ははっきりと見て取れたからだ。

 上映中の映画館前には何人もの銃を肩にかけた警官が立ち、入り口では持ち物検査が行われていた。映画に登場する「イルハービー(テロリスト)」とまったく同じ格好をした私たち夫婦は特に厳しいチェックを受け、身体検査はもちろん、シャイフ・ハサンは住所録の1ページ1ページまでめくって調べられていた。シャイフ・ハサンがあとから言うには、エジプト人だと顎髭を生やしているだけで入場を拒否されるのだということだった。翌日、フランス人姉妹に会って映画の話をしたら、彼女は長いこと「イルハービー」とは顎髭を生やした人のことを意味するのだと思っていたと言っていた。サウディで仕事をするあるエジプト人は、エジプトに里帰りするときには髭を剃ってから帰るという話だった。また、私は気づかなかったが、同じように顔を隠した姉妹と車に乗っていたら、子供が私たちに向かって、「イルハービー」と叫んだそうだ。彼女が言うには、少し前にテレビで、すべてのムナッカバ(顔を隠した女性)の陰には姦通がある、と誰かが言ったらしく、彼女の知り合いの姉妹はそれを聞いた夫からニカーブ(顔の覆い)を取るように言われ、夫婦仲がこじれてしまったそうだ。ムスリムの国でありながら、イスラーム的に生きようとする誠実な人々が変人扱いされるのは悲しいことだ。

 顔を隠した姉妹たちは、預言者(彼に平安あれ)のスンナ(慣行)をなるべく実践しようと努めており、同じような格好をした姉妹とは道ですれ違うときには知らない相手でも「アッサラーム・アライクム」と挨拶を交わす。顔を隠した女性は全体から見ればまったくの少数派で、現在のような状況にあってそのような格好をするにはよほどの信仰心と勇気がいるに違いない。そう思うと、町で見かけ、すれ違う黒衣の姉妹たちが無性に愛しくなり、小声で交わす「あなたに平安がありますように、あなたにアッラーの慈悲と祝福がありますように」という挨拶に熱い思いがこもった。

 思ったより平穏に見えたカイロだったけれど、状況が悪化しているのは確かで、友人の家の近くの銀行にも少し前に爆弾が仕掛けられ、ボカーンという大きな音がし、家の窓ガラスがビリビリ振動した、というからやはり穏やかではない。彼女の家の近くのモスクのイマーム(説教師)ドクトル・オマルは大変人気があり、私もカイロに住んでいたころには彼のクルアーン読誦が好きで毎金曜日には何百人という姉妹に交じって説教を聞いたものだった。2か月前のラマダーン中に彼女からもらった手紙では、ますますの人気で道にまで溢れて人が集まっている、という話だったが、今回そこで礼拝するのを楽しみに来てみたら、彼はしばらく前に説教を禁止され、ほどんど自宅軟禁状態なのだという話だった。

 リヤードのような人工的な、ただとてつもなく大きなだけの街から来ると、カイロの、至るところに人間のうじゃうじゃした活気がとても懐かしい。ああ、みんながんばって生きているな、という実感がある。豊かな国から来た者のセンチメンタリズムかもしれないが、貧しくて、無駄をそぎ取ったような生活を送る人々のうちに私はイスラーム初期の生活の理想を見るような気がする。お金が増えれば増えるだけ生活が豊かになるというよりは無駄が増えるのだ。

 1週間の滞在中、他に用事がない限りほとんど毎日のように以前世話になった姉妹の家に顔を出した。2年サウディで過ごしたにもかかわらず私のアラビア語はちっとも上達していないので長い会話はできない。ただ、彼女の料理を手伝ったり、子供と遊んだり、それも退屈すれば本を読んだり、訪ねて来た姉妹と彼女がおしゃべりするのを聞いたり、そんなことをしながら時を過ごした。ただいるだけで心が休まるのだ。いつ訪ねて行っても大抵は家に居て、回りには子供がわらわらいて、お客様扱いではなく家族の一員のように受け入れてくれ、家事や子供の世話をするかたわら話相手になってくれる、そんな人がいるというのは本当にいいことだ。母親はつくづく家にいるべきものだと思った。

 2年振の再会のとき同様、別れのときも頬にキスしながらどちらも涙ぐんでいた。いつかまたカイロで暮らそうね、インシャーアッラー、と空港に向かうタクシーの中で夫と何度も言い合った。