12月3日

 大使館でサウディ女性を招いてお茶会を開いた。サウディ人とはなかなか接触の機会がないので、日本の文化の紹介を兼ね、交流を図ろうという企画だった。招いた女性10数人の大半は若い大学の先生で、多くは外国の大学を卒業しており、英語はバイリンガルなみに流暢に話した。4時からのスタートなので、「マグリブ(日没後)の礼拝の時間が途中入ってしまうけれど・・・」と私がふと気が付いて企画の責任者に言うと、「そんなことを気にする方々ではないから」という返事が返って来て、私は絶句してしまった。実際、来られた方々は「そんなこと」を気にする様子がなかった。頭に被り物をしていたのも私だけだった。お茶席を担当した私はサウディ女性たちとはあまり話す暇がなかったが、お茶席の待ち時間にゆっくり彼女らとおしゃべりができた日本人女性たちは、とても楽しかった、と満足そうだった。「サウディ人女性ってどんなかと思っていたけれど、私たちと同じだってわかってとてもよかった」と言うので、例えばどんな点が、と聞くと、普通の若い女性と同じように溌剌とし、同じような会話が楽しめた、と言っているうちはよかったが、それに犬を飼っているし、娘にピアノやバレエを習わせたりもしているんですって、という話に至って私はがっかりした。確かに「イスラーム教徒」は犬を嫌い、音楽も踊りも嫌う理解しがたい奇妙な人種かもしれない。その点、西洋で教育を受けた彼女たちの「近代性」には親近感があっただろう。そして、彼女たちが今日のサウディアラビアの1面を反映しているというのも真実だろう。しかし私は、このお茶会を通じたサウディアラビア人との交流が、「イスラーム=古い伝統」、「近代化=西洋的価値観の受け入れ」という日本人の先入観を彼女たちに再確認させる結果になってしまったのではないかと悲しい。私がハッジで知り合った女性のように英文科で学び、流暢な英語を話し、同じように聡明で溌剌とし、同じように近代性を備えながら、その一方できちんと信仰生活を守っているサウディ女性に外国人の彼女たちが出会う機会はなかなかない。