3月15日

 夫の知り合いで政府関係者のサウディアラビア人の家にイフタールに招待された。大きな車の迎えが来て、大きな家に案内されたのだが、夫とは門で別れ別れになった。ひとりで左の門をくぐると、広いコンクリートの中庭があり、その隅にムシロを敷いて女性たちが座っていた。挨拶をし、名前を告げるとここに座れと高齢の女性が隣を指したが、別に自分がこの家の主婦だと自己紹介するでもない。他の女性たちも年齢も身なりもまちまちで、どういう間柄なのか見当もつかない。日が沈み、アザーンがなってアラビアンコーヒーとナツメヤシで断食を解いた。中庭を「く」の字に囲むように昔の学校の教室のような部屋が3、4つ並んでいる。中はじゅうたんが敷き詰められただけでなにも置かれていない。その1室に移って食事の支度ができるのを待った。いあわせた女性のほとんどがどうやら親戚衆らしいと推測されたが、私の他にユーゴスラビアからのムスリマが数人招待されていた。そのうちの1人はご主人がヨルダン人で、家ではアラビア語で話しているらしく流暢にアラビア語を話した。みなサウディ女性と寸分違わない格好をし、白い肌と青い目が黒いヒジャーブと似合って美しい。ユーゴスラビアのムスリムはかなり世俗化している者が少なくないと聞いていたが、彼女たちは非常に熱心なムスリマで、会話の端々に現れるアッラーをたたえる言葉も板についている。それどころか、外国に出掛けるサウディ女性はよく旅客機がサウディアラビアを離れるやアバーヤと顔の覆いを取り去ってしまうが、あれはおかしい、と批判するほどだった。

 その後食事となり、彼女たちとはそれ以上の会話を交すことができなかったのだが、アラブ式の座り込んでの食事も様になっていて、幼い子供達を回りに座らせて食べ物の世話をしながら、その合間を縫って自分の口に物を運ぶ様はたくましく、心暖められた。私もあんなふうにスズメのおかあさんのようになりたいと思った。