9月14日

 バンコクから6時間あまり、夕食を取ってからまもなく眠り、目が覚めるともうリヤードの街明かりが飛行機の窓から見えた。前の席のヨーロッパスタイルだった若い女性2人はいつのまにか黒い服を頭からまとっていた。いよいよサウディアラビアに到着だった。

 窓から見える明かりは、普通着陸前に見える街明かりとは明らかに異なる風景を見せていた。なにもない真っ黒な空間に、その四方を縁取りするように道路の照明灯がまっすぐに走っていた。砂漠の地に来たのだな、とつばを飲んだ。

 3か月前に専門調査員としてリヤードの日本大使館に着任した夫の住むアパートメントは大きな住宅式ホテルの一角で、2階になっていて、上の階には大小のサロンとダイニングと、大層なごちそうができそうなキッチン、それにメイド部屋、階段を降りると2つのベッドルーム、そして奥が夫婦用の大きな寝室になっていた。窓から見えるのは土色の裸の土地で、その向こうに建設中のビルが見える。冷房の良くきいた建物内に居る限りは、部屋の作りもまったく西洋風で、自分がどこの国に来て居るのかよくわからない。

 リヤードに着いた翌日が金曜だったから、昼の合同礼拝にホテルの1階に隣接したモスクに出掛けた。戸口を出てからモスクの入り口に行くまでの数十歩の間だけ日に照らされたが、その照らされた感じは、日本の真夏日の太陽とはまるで違った、なんというかカッと一瞬のうちに蒸発してしまいそうな乾いた光だった。夫の話では、9月も半ばになろうというこの頃はこれでも随分と光線が弱まったということだった。

 夕方、日が沈むの待ってスーパーマーケットに買い物に出た。大きな西洋式のマーケットで、みかけばかりか西洋の店で見つかる品はたいてい揃っていた。店員のほとんどはアジア系で、やりとりは英語でできる。買い物客がサウジ風の服装をしていることを除けば、ちっともアラブの国に来た気がしない。女性はみな顔を隠しているのかと思ったらそうでもなく、外国人など頭は覆わず、くるぶしまである黒い上着を無造作に引っかけているだけだ。しっかりした信仰心からきちんと真っ黒に身を覆っている人と、申し訳程度に上着を羽織っている人との違いは一目でわかる。

 あまりの品数の多さに目移りしていると急に照明が落ち、店内が薄暗くなった。礼拝の時間が近いという合図だ。礼拝の時間がくると店はどこも一時的に閉まってしまうのだ。あわてて私たちは買い物を切り上げた。

 いつも冷房のきいたところにいるので、こちらの暑さはまだほとんど実感がないが、乾燥だけは体が雄弁に語っている。着いて2、3日もしないうちに、顔がぱさぱさに乾いて粉を吹いたようになってしまったのだ。なんだかしわも妙に目立つようになった気がする。それに鼻の中が乾ききっている。ムスリムは礼拝の毎に顔を洗い、鼻の中にも水を吸い込んで洗うが、その理由がわかったような気がする。ただ、冷房のきいた所で汗をかかないせいか、家の中にいる限り喉はちっとも渇かない。

 リヤードはここ数十年の建設ラッシュによってできあがった人工的な都市なのですべてが新しく整然としているが、つい数か月前にカイロを離れたばかりの目には味けなくってちっとも異国情緒を誘わない。買い物に出ても日差しの強い日中は人気が少ないので、カイロのあのうじゃうじゃした人込みやせめぎ合って走るポンコツ車の喧噪がなつかしく思い出される。

 9月下旬に小旅行を計画していてカイロにも3日ほど立ち寄る予定なので、ここのところ夫も私も知人への手土産や頼まれものの買い物にいそがしい。エジプトでは手に入りにくい西洋の品がサウディアラビアではたいていそろっているので、おみやげのラジカセやらパンパースやらキッコーマン醤油やらで荷はあっと言う間に膨れ上がり、出稼ぎのお上りさん郷に帰る、といった体になってしまった。実際、カイロ大学で6年近く学んだ夫にとっても、9か月をホームステイで過ごした私にとってもカイロは第2の故郷といえる。世話になった姉妹たちとの再会が楽しみだ。