1月10日

 休日の金曜日はみな遅くまで寝ている。それにしても今日は遅い、もう8時になるのに。そう思っているとようやくハナーが朝食を運んで来た。いつもはお母さんがもって来るから妙だなと思ったら、お母さんは寝込んでいるという。昨日は1日中かけて洗濯をしていたからその疲れがでたのだろう。

 こちらでは4日おきぐらいに洗濯をする。洗濯機の形は万国様々らしく、エジプトでは丸い。円柱状で下半分がモーターになっていてプロペラが水を回す。脱水システムはないから洗濯するとなると洗濯機に付きっきりですすぎの度に手で水を絞らないといけないようだ。7人家族だから4日も洗濯物を溜めておいたら相当な量になる。だから洗濯の前の日には、翌日用に昼食をたっぷり作っておいて、当日は洗濯に掛かりっきりになる。

 洗濯日は別にしても、普段の1日を見ていても一家の主婦は大変だ。食事の支度も大人数だからずいぶん手間がかかる。下準備は居間にどっかと腰を降ろしてやるから、「台所に立つ」のは煮物を火に掛ける時だけだ。食器を洗うのも座ってやっていることがある。2時過に教員養成学校から帰って来る上の息子がまず食事を取る。つぎに私が語学学校に行く前、つまり3時頃に食べる。3時半には仕事から戻ったおやじさんが食べる。5時に下の息子が小学校から戻ってきてまた食べる。最後にハナーが6時過に高校から帰り食べる。食事に明け暮れる1日だ。ゆっくり座っている時はなかなかない。食事の支度が出来てから上の息子が帰るまでにすばやく取る30分から1時間の昼寝が唯一の休憩時間だ。

 すべてが片付いた後の6時過ぎ、主婦は家事から解放され、子供達に留守をさせて近所に遊びに行く。親戚を訪ねているのだと思う。子供達はおとなしく宿題をやっている。おとうさんやおにいさんが勉強を見てやることも多い。おとうさんはしばらく子供の勉強を見た後でどこかに出掛けて行く。9時すぎには家族が皆勢揃いする。夕食のためだ。そして早いときには9時半に消灯となる。

 こんな1日だから、おかあさんに疲れが溜まるのも無理がない。今日は休日だからのんびりしたらいい。おどうさんが台所に立ってなにやら揚げ物をしている。休日にはおとうさんがフトゥール(11時くらいに取る軽食)の支度をすることがちょくちょくある。おかあさんは寝床から子供達になにやら指示を与えている。その声がいつもと打って変わって弱々しい。本人は病気なんだから笑ってはいけないが、その声を聞いていると私はおかしくなる。このくらいでちょうど普通の優しいお母さん、といった感じだからだ。普段の元気な時は、おなかから声を張り上げるから、怒っているか、喧嘩ごしのような調子なのだ。

 おかあさんの具合は思ったより悪く、結局2日間寝込んだ。金曜日の翌日、おとうさんは仕事を休んだ。たまたま休みだったのか、わざわざ休みを取ったのかは知らないが、1日なにくれとなく世話を焼いていたようだ。近所に住む妹が昼食の支度にやって来た。姪たちも手伝いに来た。だからおかあさんはなんの心配もなく寝ていられた。

 日本だったら姉妹が近くに住んでいるとは限らないし、住んでいたとしても仕事をもっていたらなんの助けもできないだろう。日本人は誰もがぎりぎりの状態だから、誰か1人に支障をきたすとたちまち行き詰まってしまう。人のことまで手のまわる余裕がないのだ。社会に専業主婦という融通のきく予備軍的存在があることは非常に大切だと思う。女が女であることに幸福になれない社会はどこか間違っている。子供が2人、多くて3人しか持てないなんて不幸なことだと思う。エジプトでは家族が、そして親戚がひとつのコミュニティーをなしている。そのつながりを作っているのが女性だ。専業主婦が疎外感を覚える国なんてどこかおかしい。