10月1日

 おかみさんの料理は大変おいしい。他の家でもごちそうになる機会が少なくないが、おかみさんの料理がなんといっても一番おいしい。今日はなにかと毎日が楽しみだ。おかみさんの方も、腕には自信があるらしく私が他所で食べるのをあまり好まない。アーイダもよく私を招待してくれるのだが、3度に1度ぐらいはおかみさんがなんだかんだと理由をつけて断っている。どちらも喜ばせたいから家で食べてからまたアーイダのところで食べるようなこともある。

 おかみさんは私を自分のように太らせたいから「食べろ食べろ」とうるさい。私が食事中にたくさん水を飲むのをみて、水を飲むから食べられないのだ、とにらむ。

 始めのころはとてもエジプト人の食事ペースについていけず、8時半ころパンと紅茶の朝食、12時過に軽い昼食、そして5時ころまだあまりおなかがすいていないけれど夕食を取る、と日本式の3食ですましていたが、だんだんエジプト式の4食の仕組みがわかってきた。

 まだその仕組みがわかる前、ハナーに英語を教えていて大いに驚かされたことがある。英語のブレイクファースト、ランチ、サパーは日本語ではそれぞれ朝食、昼食、夕食と訳されている。それに相当するのがアラビア語では、フトゥール、ガダー、アシャーで、実際日本語の単語帳を見ると朝食、昼食、夕食の訳語が当てられている。ところが、それをそのまま日本式に理解するととんでもない間違いとなる。朝取るのがブレイクファースト、昼に取るのがランチ、アラビア語ではそれぞれフトゥール、ガダーに当たる、とハナーに説明したのだが、どうも話が合わない。よくよく聞いてみると、4時ころ取る大きな食事がガダーで、昼ころ取るのはフトゥールだという。そして私が夜食ととらえていたイシャーの礼拝の後(夜8時から9時ころ)の軽い食事が夕食、つまりアシャーだった。なるほどフトゥールには、ブレイクファースト同様「断食明けの食事」という意味があり、朝は紅茶のみで済ますことが多いから、正午の食事が1日の最初に取る食事には違いない。私はこのフトゥールを日本式の昼食ととらえ目一杯食べてしまったため、4時のガダーにはまだおなかが空かず、ひとりだけ5時過まで食事を遅らせ早い夕食として食べていた。要領を得たこのごろでは、フトゥールは腹7分目ぐらいにおさえ、4時にはガダーをしっかり取り、アシャーも軽く取るようになった。おかみさんの期待どおり太ること間違いない。

 エジプト料理にはトマトソースを使ったものが圧倒的に多い。日本料理にしょうゆが欠かせないようにエジプト料理にはトマトが欠かせない。まめを使った料理も多い。フトゥールのメニューは判を押したように決まっていて、なすの揚げたもの、ひよこ豆をすりつぶして作ったコロッケにフールという豆の煮物を毎日食べる。お米もよく食べる。それほど脂っこくないから日本人の口にはよく合う。エジプト人はエジプト料理が大の自慢で、おかみさんはエジプト人は食道楽だ、と手振りで表現するし、アーイダも、仕事で各国を旅行する知り合いがいるがエジプト料理ほどおいしいものはないと言っていると言う。おかみさんから、1度日本料理を作ってくれと言われたのだが、材料的に難しいし、たとえ作れたにしても彼らの口に合うとは思えない。味気無い料理だと思われるに違いない。

 エジプト料理はたいていは何かの肉をぐつぐつ煮、だしを取ったスープを元に料理する。要するにシチュー風のものが多いから、飛び入りでひとりやふたり食べる人間が増えても困りはしない。また、一旦作ってしまえば、あとは暖め直せばすぐ食べられるから手もかからない。アッラーが食事を施すこと、分かち合うことを大いに奨励しているが、アラブ式の料理はその精神をよく反映している。

 先日、モスクで知り合ったフランス語をたどたどしいながらも話すムスリマの家にガダーに招待された。ナイル川沿いの通りからすぐのところにある彼女のアパートは、一目で裕福さがわかるしつらえで、ごちそうの並んだ大きなダイニングテーブルには、めいめいの皿とナイフ、フォークが出ていたから、久し振りに西洋式の食事ができるかな、と期待した。ところが、いざ席につき、ビスミッラーと唱えてナイフとフォークを手に取ると、「スンナでいきましょう」と言う。つまり、預言者ムハンマドの習慣に従って手で食べましょう、ということだ。

 アラブ人が床に腰を下ろし、手を使って物を食べるのは、単にそれが習慣だからではない。贅沢を戒め、尊大ぶるのを避けた預言者の精神に倣うためなのだ。
 ところで、手で物をつまんで食べるのは、官能的だ。おにぎりが手でつかんで食べてこそおいしいように、味と香りにさらに触覚の楽しみが加わる。手で食べるのだから作法もなにもないようだが、慣れない者にとってはそう易しくない。途中でこぼれ落ちそうになるから口を突き出さないといけない。水を飲むにもコップを持つ手が脂ぎっているのでやっかいだ。特に食事中に背中が痒くなっても両手ともべとべとで掻くわけにいかないから本当に困る。