9月1日

 9月に入ってめっきり過ごしやすくなった。日中の日差しは相変わらず強いが、朝夕などずいぶんと涼しい。あれほど喉が乾いたのに、このごろはそう水ばかり飲まなくてもすむようになった。

 エジプトに来てまもなく1か月、しばらく前からようやく1人歩きが出来るようになった。それまでは私がどう言ってもステイ先の家族が私をひとりで出させてくれなかった。そればかりか、出掛ける口実のつもりで服を作るために布が欲しいだとか、絵葉書を買いたいだとか言っても、みんな買って来てくれる。まれに必要があってバスに乗ってもさっさと私の分まで運賃を払ってしまう。慣れるまでは、と面倒をみてくれるのはありがたいが、自分でやらせてもらわなくては慣れたくても慣れようがない。大使館に行かなくてはならない、日本に電話をしたい、そうしたことがいちいち親族会議を開かんばかりの出来事になってしまう。

 でも、正直なところエジプトに来たばかりのころは、ひとりで外に出掛ける気にはとてもなれなかった。言葉が通じないだけの問題ではなく、物事の秩序がまるで見えないのだ。それが見えて来るにはやはり1か月近くかかった。向こうには私のそうした不慣れな様子が余程頼りなく見えたに違いない。実際、きれいに舗装された道を歩き慣れた私には、でこぼこし思わぬ所に穴が空いていたり、ごみが足に纏い付いて来たり、洗濯物から水が滴り落ちて来たり、あるいは子供がふいに横をかけぬけていったりする道はただ歩くだけでも一苦労で、そのうえ同じような家がごたごたと続き家の見分けも困難だったから50メートルも離れていないアーイダの家に行くのでさえしばらくは案内が必要だった。

 まわりを観察する余裕ができ、1人歩きもできるようになった最近になって、自分がカイロのどのあたりに住んでいるかがわかるようになった。そしてそれとともに、自分のおかれた環境がかなり特殊であることもまたわかってきた。どうやら私は予想した以上に庶民的な、つまり貧しい人達の世話になっているようなのだ。