8月20日

 私が下宿している家庭はいわゆるイスラーム原理主義者の家庭だ。原理主義とは西洋寄りの世俗主義や体制派の伝統主義を批判し、よりイスラームの教えに忠実であろうとする運動で、近所に住み、私のアラビア語とイスラームの先生をしてくれるアーイダは、外出時には黒衣を着ける。彼女を訪ねてくるムスリマ姉妹たちもみな同じ装いだ。結婚の対象となりうる男性と接するときは帳の向こうから話すように、頭から布を垂らすように、というクルアーンの教えに従って手も顔もすっかり覆っている。初めこそその異様さに驚いたが、慣れてみるとなかなかエレガントだ。なにより、女だけになって顔の覆いを取ったときの美しさは、聖女のようで思わず見とれてしまう。喪服姿の女性が普段にない清楚な色気を放つのと似ているといったら想像がつくだろうか。下に着ているネグリジェみたいな部屋着は粗末なうえ、作りが粗雑なためあちこちほころびていたりするから、黒衣の外出着は実に経済的なフォーマルウエアーと言えよう。

 先日、アーイダの黒衣の友人のひとりに連れられて、結婚を間近に控えた姉妹を訪ねた。私の訪問を喜んだ新婦は、結婚式にはぜひ来てくれと言った後、式当日のウエディングドレスから新婚生活のための様々な花嫁道具をすっかり箱から出して私に見せてくれた。色とりどりの部屋着、シースルーの寝間着、外では決して膚を見せない彼女の、夫のためだけのはでな装いに、私は黒衣の聖女のもうひとつの側面を見た思いがした。日本の女性は性に対し漠然としたタブー感を持っている(あるいは持っていた)が、他人の男性との接触を極力さける敬虔なムスリマの性欲は、この世でただ1人の男性に向かってこのうえもなく奔放に表現されるのだろうか。

 男と女の世界を2つに分け、思春期以降の男女の接触を禁じることは、互いの性に対するあこがれを強め、夫婦生活を円満にするために非常に効果的に働いているのだろう。隔離の習慣のために女性が家の隅に追いやられている、といった外からの印象は間違いで、むしろ女性を尊重するため男性は様々な遠慮を余儀なくされているといった感じのほうが強い。男の子は幼児期から少年期を母親とその姉妹、女友達といういわば女の園で過ごすから女性に対する恩義は大きく、長じて彼女らを粗末に扱うなどということは決してない。女は女であること、男は男であることそれだけで十分アイデンティティーを得ているから実存的な不安など覚えることはないのだろう。

 男女の世界が2つに分かれているということは、繰り返すが、男性が前面に出て女性が後方に追いやられているということでは決してなく、それぞれがそれぞれに別個の世界を構成しているということにほかならない。ホームステイして驚いたことの1つに、エジプト人の生活は夜に始まるということがある。遅くまで子供達が路地で遊び、大人も夕涼みしていることはすでに書いたが、実は男も女も毎晩のようにそれぞれ親戚、友人を訪ね合っている。ステイ先の家庭では、親父さんは朝は7時ころ仕事に出掛け、4時過ぎに帰宅し食事を取る。その後はきまって一眠りする。そして日が落ちるとどこかに出掛け10時近くまで家に戻らない。おかみさんはおかみさんで、留守番を娘に任せ、どこかに出掛けている。夫婦はまったく別行動のようだ。

 アーイダの家でもそうだ。アラビア語を教わるために私は毎日5時半ころから9時過ぎまで彼女の家にいるが、そうするとたいてい友人が訪ねて来る。そうでない日は彼女の方が友人、あるいは親戚を訪ね歩いている。6時前には帰っている彼女のご主人はと言えば、しばらく別室にいたかと思うといつの間にかいなくなっている。夕餉を囲んだ一家の団欒などというのはないようだ。西洋式だと夫婦で1単位だが、こちらではどうも様子が違う。日本では、結婚を境に友好関係が変わり付き合いもぐっと制限され、専業主婦などへたをすると1日中誰とも一言も口をきかないでもすんでしまい、社会から取り残されたような疎外感を覚える、というようなことを聞くが、女が女独自の社会を持つエジプト人女性には、まったく想像もつかない話だろう。